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奈良たくさん 奈良には、たくさんの歴史と物語があります。

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大和郡山 お城まつり :大和郡山城跡

日本の桜百選の1つに選ばれ、ソメイヨシノをはじめ約千本以上の桜が咲き誇る。
奈良県では、この他に吉野山と奈良公園が選ばれている。



奈良県の城といえば、大和郡山城であった。
転用石(城址に石仏などを)の供養に昭和36年、数珠くり法要を行ったのが、
お城まつりのはじまりである。





お城まつりは、大和郡山市民に最も愛される祭りで、県内外からも人気を集める。
桜の開花に合わせて3月下旬から2週間にわたり開催。
時代行列、市民パレード。天守台と夜桜ライトアップなどの催しが行われる。


追手門櫓(おうてもんやぐら)


追手門

織田信長の命により筒井順慶が改城して以降、度々城主が代わり柳沢吉里(大和郡山藩の初代藩主)が権勢をふるっていたが、明治維新の後、新政府により廃藩置県(はいはんちけん)が行われて大和郡山藩は消滅し郡山城も廃城となる。


天守台



五輪塔覆堂 : ごりんとうおおいどう(桃山時代)



大和郡山城建設に貢献した筒井順慶(つついじゅんけい)の墓所。
桁行1間、染間1間の宝形造、重要文化財に指定されている。

筒井順慶は織田信長に仕えた武将、戦国大名。大和筒井城主。
一向一揆討伐などに参戦して活躍した。戦いでは先陣を務め、信長に鉄砲隊50人を供出、
最盛期五千の兵を率いた。



本能寺の変(明智光秀が信長を討ち取った)の後、誤った汚名を着せられてしまうが
相異なることは、興福寺の僧が書いた「多聞院日記」に詳らかに記述されている。

順慶の偉業を伝え、その遺徳を偲び筒井順慶まつりが9月行われる。
順慶役は、大和郡山市長が演じる。



順慶は、36歳の若さで病死する。養子が継いだ筒井氏は、大阪夏の陣の後、消滅した。






お城まつりでは、全国的に有名な金魚の品評会も行われる。









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大和郡山城跡

〒639-1011 奈良県大和郡山市城内町